着物を作る時はまず糸作りから始まり、糸の原料は動物繊維・植物繊維のどちらかが選ばれます。
動物繊維は動物の毛を使った繊維ですが、着物によく使われる絹糸の原料である蚕の繭もこれに含まれるものです。
植物繊維は植物を使った繊維で、着物では麻や木綿などが代表的です。麻は苧麻の茎から、木綿はワタの種子からとることができます。
出来上がった糸は「織り」に使われます。織りというのは糸を縦横に通して1枚の布地にする作業のことです。糸の原料や加工の仕方に様々なものがあるように、織りにも様々な種類があります。
織りの作業は織り機を使って行いますが、織り機は地機、高機のどちらかが使われることが多いです。また織り方は三原組織といわれる平織、綾織、朱子織がよく採用されます。
織りが終わると次にようやく「染め」を行う段階となります。今回はそんな染めの種類、染料、技法などについて解説します。
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目次
染めには2種類ある
染めの種類は2つあるのですが、「染め」を行うタイミングで分類されます。タイミングが早い方を「先染め」、タイミングが遅い方を「後染め」といいます。
ちなみに先染めで作られた着物を「織りの着物」、後染めで作られた着物を「染めの着物」と呼びますが、どちらの着物であったとしても織りと染めの工程は必ず行うので、名前に惑わされないように気をつけましょう。
先染め
先染めでは糸・繊維をあらかじめ染めておき、それを使って布地を織ることで、着物の柄や模様を表します。複数の色の糸を組み合わせることで、様々な柄や模様に対応することが可能です。
先染めの良いところは糸・繊維レベルでしっかり染まっていることから、色に深みが出ることです。またそれだけに色落ちがしにくい特徴があります。
着物の場合、先染めは比較的格が低いですが、帯は反対に格が高いとされます。着物も帯も先染めにすると個性の強いコーディネートというイメージになります。また着物を先染め、帯を後染めで組み合わせるのはカジュアルのイメージが強い着方です。
後染め
後染めは染めていない糸で白い布を織り上げ、そこに様々な方法で色や柄をつける染め方です。先染めと比べて色が定着しにくい特徴があります。
しかし、後染めは色が十分に定着していない分、色抜きをしやすいメリットがあります。着物は色抜きして紋を入れたり、別の色に染め直したりすることがあるので、そういった時に後染めは便利です。
格については先染めとまったく逆で、後染めの着物は格が高く、後染めの帯は格が低いです。そのため、後染めの着物と先染めの帯を組み合わせれば、最も格の高いフォーマルなコーディネートになります。
また着物と帯の両方を後染めのものにすると華やかで柔らかい印象になります。
染料の種類は2種類
先染めにしろ後染めにしろ、染めるための染料が必要ですが、染料には化学染料、天然染料の2種類があります。
先染め、後染めでも出来上がった着物の色合いは異なりますが、染料の種類によっても色合いは変わってくるのです。
化学染料は化学技術が発達してできた近年の染料で、天然染料は昔ながらの色合いを楽しめる伝統的な染料です。
現在は着物でも化学染料が使われるのが大半ですが、天然染料にこだわりを持っている職人も多くいます。
化学染料
化学染料は明治時代に海外から輸入されるようになった染料で、現在に至るまで大きな普及を見せています。なぜこれだけの普及を見せるようになったかというと、非常に多くの点でメリットがあるからです。
たとえば化学染料は安定性が高いです。色を数値化することによって、毎回一定の質の色に染めることができます。また色の調整も簡単にできます。
それから低コストで染められるメリットがあります。天然染料は量産しづらいですが、化学染料は量産技術が確立されているので、安価に供給し続けることが可能です。
しかも一度出来た化学染料は2~3年程度の長期保存ができます(保存期限自体は存在する)。
天然染料
天然染料は自然界に存在する色素成分を利用した染料です。植物系、動物系、鉱物系の3種類があります。天然染料は化学染料よりもコストが高くつきますが、その代わり天然ゆえの様々なメリットがあるのです。
たとえば安全性が高いことが挙げられます。化学染料によっては発がん性など人体に害をなすものもあり、規制が不十分だと安全性に問題が出てきます(ただし天然染料でも毒性のある物質を使うと危険)。
植物系
たとえば植物系の天然染料には「藍」があります。藍はインドシナ南部原産の植物とされており、飛鳥時代に日本に渡り、染色に用いられるようになりました。近年は徳島県を中心にいくつかの地域で育てられています。
藍の葉を乾燥させると藍色になり、染料にする場合、この色素を利用する形になります。また藍色だけでなく、より淡い水色、より濃い紺色といった、他の青系の色も幅広く表すことができます。
それから「紅花」という天然染料もあります。紅花はエジプト原産の植物とされており、古墳時代に日本に渡り、染色に用いられるようになりました。名前の通り、発酵・乾燥させた花の紅色が染料に利用されます。
動物系
動物系の天然染料には貝を使ったものがあります。「貝紫染め」といい、古くから世界中で用いられてきた技法ですが、どの地域でも巻貝を使うのが特徴です。
日本では弥生時代の遺跡から貝紫染めの布が発見されており、他にも近年に至るまで三重県伊勢志摩の海女がイボニシという巻貝から染料をとっていたという歴史があります。
巻貝からとれる染料は非常に少なく、もともと日本では植物系の天然染料と比べて普及が限定的だったこともあり、化学染料が普及した現在では貝紫染めは幻ともいっていい染色方法です。
巻貝はパープル線という筋を持っており、ここから染料を取り出します。色はパープル線という名前であるだけに赤紫です。
鉱物系
鉱物系の天然染料にはたとえば「泥」を使ったものがあります。「泥染め」といい、奄美大島特産の大島紬の染色に利用されます。泥染めは世界中でも奄美大島でしか見られない染色方法ともいわれます。
大島紬の染色には泥と車輪梅(しゃりんばい)を使います。車輪梅というのはバラ科の植物のことです。
車輪梅のタンニン酸色素、泥の鉄分で化学反応を起こさせて何度も染色することで、色落ちしにくく、光沢と奥行きのある黒色を生みます。また鉄分が糸を包むことで布が丈夫になり、虫も寄ってこなくなります。ト
泥以外の鉱物も鉱物系染料と呼ばれることがありますが、多くは水や油に溶けないため、染料というよりも顔料に属します。
着物の染めの種類と技法(染色方法)について
先染め、後染めは染色を行うタイミングの種類ですが、染め方についても種類・技法があります。先染めは先染めの技法、後染めは後染めの技法としてあるので、それぞれ知っておく必要があります。
特に後染めの着物は先染めの着物よりも華やかな色合いを出せるのが特徴です。単に布を染料に浸け込むだけでなく、手描きで色をつけたり、型を使ったりと、幅広い技法が存在します。
たとえば先染めの技法には絣、後染めの技法には友禅、江戸小紋、絞りなどが挙げられます。いずれも独自の柄や模様、色合いを出せるので、その違いを楽しむのも着物の醍醐味です。
絣
絣は絣糸を使って織り上げる先染めの技法です。絣糸とは糸の白くしておきたい部分をあらかじめ糸でくくったり、板で締め付けたりして染色し、染め残しを作った糸を指します。
絣ではこのように防染した糸を経糸か緯糸、あるいは両方に使い、織り上げて柄や模様を表します。経糸に絣糸を使ったものは「経絣」、緯糸に絣糸を使ったものは「横絣」、両方に絣糸を使ったものは「経緯絣」といいます。
ここにテキストこの他にも素材や織り方によって様々な絣の種類があります。素材では絹や麻、木綿、織り方では平織、綾織、朱子織などが代表的です。
特に鳥取県倉吉市で織られる倉吉絣には絵画のような模様を表す「絵絣」、綾織や浮織といった高度な織組織の「風通織」があります。
友禅
友禅は非常に有名な染めの技法です。江戸時代の京都で活動していた扇絵師である「宮崎友禅」がその名前の由来となっています。当時宮崎友禅が描いた扇絵が大きな評判となり、後に着物の柄や染めの技法としても利用されるようになりました。
友禅模様は複数の色を使って自然の風景を描くのが特徴です。色と色が混じらないようにあらかじめ下絵を布に入れておき、模様の輪郭に沿ってのりを塗り、防染します。そうしてから筆、刷毛を使って模様を色付けしていきます。
また友禅には防染を行わないものや型紙を利用するもの、ろうを利用するものなど、幅広いバリエーションがあります。さらには京都の京友禅、東京の東京友禅と地域によっても種類が分かれています。
江戸小紋
江戸小紋は男性の正装に位置付けられる裃(かみしも)の染めの技法が元になった染め方です。そのため、元々は男性の和服のための技法でしたが、江戸時代には一般の女性にも利用されるようになりました。
江戸小紋は単色で染める技法で、染める時は型紙を利用します。「小紋」という名前の通り、模様が非常に細かく、布が無地に見えるのが特徴です。
そのため、色無地として着ることもでき、家紋を入れればフォーマルなシーンでも着ていける礼装にもできます。
江戸小紋の模様は扇型に点を配置する「鮫」、斜め45度の角度で点を配置する「行儀」、縦横に小さな四角形を配置する「角通し」の3つが代表的です。
絞り
絞りは糸で布をくくったり、器具で布を挟むことによって、その布部分を防染して染める技法です。非常に手間と時間がかかる技法であり、特に布全体を絞りで染める「総絞り」はコストがかかる分、高級品として扱われます。
同じ絞りでも使う糸や器具によって幅広い種類があります。たとえば、「鹿の子絞り」という絞りの種類があるのですが、その柄が鹿の子のまだら模様に見えることからこの名前がついたという背景があります。
ちなみに京都で作られる鹿の子絞りは「京鹿の子絞り」といいます。
総絞りの着物は高級ですが、紋付にはできないので、フォーマルな場に着ていくことはできません。しかし、格が低いというわけではなく、訪問着としてなら十分に利用できます。
型染め
型染めは型紙を利用して染める、後染めの技法の総称です。同じ型染めでも型紙の使い方は様々で、型紙を布に置いてその上から刷毛で色をつけるもの、のりで型紙を防染して模様を描くもの、複数の型紙を使うものなどがあります。
ちなみに同じ型を何度も使って布全体にいくつもの小紋をつけていく江戸小紋や紅型小紋も、型染めの技法の一種です。
型染めを行う時は最初に型彫りを行います。型彫りは下絵を元に紙を切り抜いて型紙を作る工程です。
切り抜いた部分を白抜きにしたい場合は布にのりを塗って防染してから染め、逆に切り抜いた部分だけ色をつけたい場合はのりを塗らずに刷毛で布に色をつけます。
紬
紬は紬糸を織り上げて作られる絹織物です。絹糸には生糸と真綿紬糸の主に2種類がありますが、1本の生糸を引き出せない繭の場合、一度潰して真綿にするしかないので、紬糸にされます。
紬には様々な品種がありますが、多くは先染めで染色されます。たとえば、紬の品種の1つである結城紬は「たたき染め」という独自の絣染めを行う特徴があります。
「たたき染め」は絣の柄を綺麗に出すために考案された染めの技法です。
絣の柄を綺麗に出すには、絣くくりで防染された部分以外に染料をしっかり染み込ませる必要がありますが、ただ絣くくりした糸を染料に浸すだけではなかなかうまくいきません。
そこでたたき染めでは染料に浸した糸をたたきつけて、十分に染料を糸に染み込ませるようにします。
上布
上布は細い麻糸を平織で織り上げた高級麻織物です。糸は麻の繊維を細かく裂き、紡いでより合わせるという手績みの技法で作られます。柄は先染めの絣や縞が主流で、しゃり感のある肌触りから夏の着物に用いられます。
たとえば上布の品種の1つである越後上布は絣模様をつける時、手くびりで行うのが重要無形文化財の条件の1つとしています。
手くびりというのは図案に沿って作られた紙テープや木羽定規で糸に印をつけ、その部分をくびり糸でくびって染色する方法です。こうすると糸でくびった部分が防染されて絣模様が生まれます。
また同じ上布の品種である近江上布の絣糸は、櫛押捺染(櫛の手捺染)あるいは型紙捺染(型紙の手捺染)で染色されます。
縮
縮は強くよりをかけた糸で布を織り上げ、その布を加工してしわを出した織物です。素材は絹や麻、木綿など、どれも涼感を得られるもので、盛夏の着物に用いられます。
縮の代表的な品種には小千谷縮(越後縮)がありますが、これは上布の代表的な品種である越後上布を改良したものです。
小千谷縮も越後上布と同様、重要無形文化財に指定されており、その要件として絣染めを行う時は手くびりにすることが指定されています。
別の品種では能登縮(能登上布)というものがあります。能登縮の染色は櫛押捺染やロール捺染で行い、精巧な経緯絣の模様を表します。またこれら以外にも型紙捺染、板締め、丸形捺染など幅広い絣染めが用いられます。
三纈(さんけち)
三纈は纐纈染め(こうけちぞめ)、夾纈染め(きょうけちぞめ)、蝋纈染め(ろうけちぞめ)の総称です。これらは浸染(ひたしぞめ)という後染めの技法ですが、染料に浸け込むことから浸け染め、丸染めと呼ぶこともあります。
纐纈染めはいわゆる絞り染めのことで、布を糸でくくって染料に浸し、後にくくった糸を外して柄を作り出す技法です。古くはインドで始まり、日本には飛鳥時代に伝わったとされています。
夾纈染めは2枚の薄い板に布を挟んで締め付け、その部分を防染して染める技法です。始まりは中国、纐纈染めと同様、飛鳥時代に日本に伝わっています。
蝋纈染めはろうを使って防染し、染める技法です。インドから中国を経由して飛鳥時代に日本に伝わりました。
たたき染め
たたき染めは着物では一般的に「ろうたたき染め」を指します。ろうたたき染めというのはろうを溶かしたものを筆に含ませてたたき、点状にろうの飛沫を布に落とす防染方法を利用した後染めの技法です。
ろうの飛沫が落ちた部分は染料に染まらないので、不規則で小さな斑点模様が布に描かれます。ろうの飛沫を布に落とす作業と染料に浸け込む作業は交互に何度も行い、模様に濃淡を出します。
ろうたたき染めは布の広範囲に行うことから、斑点を綺麗に作り出すのが非常に難しく、技術がいります。また染めた後の仕上がりがまだらになることから、汚れが目立つ着物を染め替える時に最適です。
本物と似たようなレプリカも存在する
着物を扱う時に気をつけなければならないのは、伝統的な染めをプリントして作るレプリカの存在です。簡単に本物の染めのような模様をつけることができるため、近年これらのレプリカは数多く出回っています。
レプリカと本物を見分けるには、伸子の穴の有無を確認する方法が手軽です。伸子というのは竹の棒の両端に数本の針をつけたもので、布を固定する役割があります。
手作業で染める際、左右の反物の耳部分に伸子を刺します。そのため、出来上がった織物には必ず伸子を刺した穴があるはずなのです。
まとめ
着物を作る時、最初に糸を作る工程があります。糸を作り、織り(糸で布を織り上げる作業)が終わると、最後に「染め」の工程を行います。
染めには、糸を染める「先染め」と布を織り上げた後で染める「後染め」の2種類があります。先染めの着物は織って模様をつけることから織りの着物、後染めの着物は染めて模様をつけることから染めの着物といいます。
着物で格が高いのは後染めですが、帯の場合は反対に先染めの方が格が高いです。
最も格が高いコーディネートは後染めの着物に先染めの帯を合わせたものです。
染料には化学的に合成した「化学染料」、自然界に存在する色素を抽出した「天然染料」の2種類があります。「天然染料」はさらに植物系、動物系、鉱物系に分かれます。現在は化学染料が主流ですが、一部では天然染料を使うケースもあります。
先染めの技法には絣、後染めの技法には友禅、江戸小紋、絞りなどがあります。また纐纈染め、夾纈染め、蝋纈染めの3つの後染めは総称して三纈と呼ばれます。
近年はこれらの伝統的な染めをプリントするレプリカも出回っています。本物とレプリカの見分け方ですが、染色道具である伸子の刺した穴があるものは本物です。