着物を美しく着ようとしている時に、意外と忘れがちなのが衿(えり)の存在です。衿は着物の一部分でしかないので、特に意識しなくても雰囲気に影響は出ないだろうと考えている人もいるかもしれません。
しかし、実は衿元や衿合わせは着物姿を見た時に最も目が行くポイントといっても過言ではありません。そのため、衿の違いを知り、それぞれの美しさの特徴を知ることは重要です。
たとえば衿の抜き加減や半衿の見せ方を変えることで、着物姿の印象はガラリと変わります。時にはかわいく、時には色っぽくと、シーンや気分に合わせてコーディネートできるのです。
目次
着物の衿(襟)についての基礎知識
着物の衿をおしゃれに活かすには、まず着物の衿自体の基礎知識を学んでおかなければいけません。
たとえば、着物の衿を扱う時にまず疑問に思いやすいのが衿と半衿の違いなので、そのあたりの知識を学んでおくと便利です。
それから着物の衿合わせは右が前なのか、左が前なのかも混同しやすいポイントです。衿合わせを間違えると死に装束となり、縁起が悪くなってしまうので、見る人の印象も悪くなります。
衿と半衿の違い
衿と半衿の違いは着物に最初からついているか否かです。衿は洋服にもあるように、首を回って体の前面にまで伸びた長方形の部分を指します。最初から着物についているもので、後から取り外したりはできません。
それに対して半衿は着物に最初からついておらず、後から長襦袢(和服の下着)に縫い付けるものです。また縫い付けた後に1~2回ほど着たら取り外し、洗濯して汚れを取って再び縫い付けます。このように何度も付け替えできる衿が半衿です。
半衿はすべての着物に必要な衿なので、着物を着る場合、必然的に衿と半衿の両方を合わせることになります。そのため、衿と半衿の違いはよく意識しておくといいでしょう。
着物の衿合わせは右前
着物は衿が身頃まで続いていることから、洋服と違って左右対称の形をしています。こういった構造上、着物の衿合わせは右前にも左前にもできるようになっています。
着物の衿合わせで正しいのは右前です。ちなみに「前」というのは先に合わせる方を意味します。そのため、右前は自分から見て右の衿が下になり、そこに左の衿を上に重ねる形となります。
右の衿が下になっていると右手を懐に入れやすいので、右前は右利きの人にとって便利な衿合わせです。また男女による違いもありません。
洋服だと男性は右が下で、女性は左が下ですが、着物では男女とも右が下です(ただし、衿の構造や帯の結び方に関しては男女で違いがある)。
衿を美しく見せる3つの種類
着物の衿には広衿、撥衿(ばちえり)、棒衿の3種類があります。この3つの衿の違いは衿幅の寸法にあります。最も衿幅が大きいのは広衿で、次に大きいのが撥衿、最も小さいのが棒衿です。
それらの衿の種類によって用いられる着物の種類も異なります。そのため、着物を扱う時はどの衿の種類が使われているかにも注目してみると、より楽しみが増えるかもしれません。
広衿
広衿は一般的な衿幅の2倍の幅で仕立てた、裏地のある衿です。具体的な寸法は3寸~4寸程度、つまり11cm~11.5cm程度です。
小紋を除く着物の多くは広衿を採用しています。近年こそ一般的な衿の種類として扱われていますが、もともとは貴族階級が利用していた衿です。
広衿仕立ての着物を着る時は衣紋という後ろ衿の部分を二つ折りにし、胸の前は自由な幅で二つ折りにします。
身体にぴったりと合わせることができるので、体型に関わらず胸がはだけるなどの着崩れを起こさずに済むのが特徴です。
広衿の内側には二つ折りしやすいようにスナップボタンや引き糸がついていることがあります。スナップボタンの場合、さび付く心配もありますが、最近ではさびない素材や加工を施したものも多いです。
撥衿(ばちえり)
撥衿は二つ折りの状態で仕立てた衿を指します。広衿はどの部分の寸法も一緒ですが、撥衿の衿幅は衣紋が5.5cm程度で、そこから衿先に向かってどんどん幅が広がっていき、最終的に7.5cm程度になります。
「撥衿」という名前は、その衿の形が三味線のバチに似ていることから来ています。
衣紋の衿幅が小さい分、首回りがすっきりとするのが特徴です。薄くて広衿のように着付けのたびに二つ折りにする手間もないので、暑い季節に気軽に着れる和服に利用されます。特に浴衣はほとんどの場合、撥衿が採用されます。
例外として高級な風情のある浴衣に関しては広衿でも合います。その場合、上質で着崩れしにくい大人向けの浴衣になります。
棒衿
棒衿はその名の通り、棒のようにまっすぐな衿のことで、撥衿のように二つ折りの状態で仕立てられます。衿幅は衣紋から衿先まで等しく5.5cm程度です。
棒衿の着物はふっくらとした感じが出ないので、女性用の着物には用いられず、男性用か子供用の着物の衿にするのが基本です。
ただし、棒衿が女性用の着物に用いられないというのはあくまでも目安であり、例外はいくつもあります。
特に広衿は着付けが難しいだけあって、近年は手軽に着付けできる撥衿や棒衿が利用されやすくなっています。
またあえて長襦袢や男性用・子供用の着物に広衿を使うことで個性的な雰囲気を出すケースもあります。
美しく見せる衿もとの作り方とコツ
着物の着こなし術として衿もとの作り方とコツを把握しておくことは重要です。というのも、着付けの際はそもそも衿もとの作り方が分からなかったり、作り方は知っていてもいざ実践するとうまくできなかったりしがちだからです。
たとえば「衿が浮いてしまう」、「胸元がパッカリ開いてしまう」、「衣紋が詰まってしまう」といった衿まわりの悩みが挙げられます。
これらはもちろん衿もとの美しさを損なう原因になる現象なので、繰り返さないように気をつけましょう。
ちなみに最適な衿もとの作り方は、着物を着る人の体型によっても変わることがあります。そのため、着付けをする時は自分の体型を意識しておくといいでしょう。
衿が浮くときの対処法
衿が浮く原因に多いのは衿芯が硬すぎることです。衿芯というのは長襦袢に縫い付けた半衿の中に入れる芯のことで、衿芯を入れると長襦袢の衿が綺麗に立ち、着物の衿と合わせることで美しい衿の二重ラインを描くことができます。
衿芯はプラスチック製のものが多いです。しかし、プラスチックは硬いので、衿が浮いたり、着心地を悪くしたりします。
もしプラスチック製で衿が浮いてしまうのであれば、木綿製の三河芯を衿芯にすれば改善が見込めます。
また衿芯は専用のものを買わなければならないわけではなく、家にある紙やクリアファイルなどで代用することもできます。紙を使う場合は折り畳めばいいですし、クリアファイルを使う場合は半衿より少し小さい形に切ればOKです。
胸元がパッカリ開く場合
胸元が大きく開く原因は、衿が胸の形に合っていないことが挙げられます。特に痩せている人ほど布が余るため、衿が浮いて胸元が開きやすくなります。
着付けした時は大丈夫でも、時間とともにだんだん衿が開いていくこともあるので注意が必要です。
胸元が開かないようにするには胸の補正が重要です。V字になるように折り畳んだタオルを胸に当ててボリュームを出します。
この時、しっかり固定されていないと着崩れする可能性があるので、紐で結んだり、下着に縫い付けたりする方法もあります。
また逆に胸が大きくて胸元が開いてしまう場合は、太い胸紐をアンダーではなくトップで結んだり、タオルを胸の下に入れたりするなどの対処法が考えられます。
衣紋が詰まる場合
衣紋が詰まる場合、コーリンベルトがきつくないか確認してみましょう。コーリンベルトというのは着物の小物の1つで、着物の着崩れを防いだり、着付けの補助をしたりといった役割を持つベルトのことです。
コーリンベルトはベルトなので、長さの調整ができます。そのため、コーリンベルトがきつければ長さを調整してゆるめればいいのです。
一般的には胸幅程度の長さが目安ですが、体型やベルトの種類によっても変わってくるので、自分に合った長さを見つける必要があります。
コーリンベルトをゆるめにし、留める位置をあばらではなく腰の方にすれば、衣紋が詰まるのを改善できるはずです。またベルトを回す時は床と平行になるようにするといいでしょう。
着物の衿周りの小物一覧
広衿、撥衿、棒衿は衿幅の種類ですが、これら以外にも衿もとを美しくする小物がいくつかあります。代表的なのは
- 半衿(はんえり)
- 伊達衿(だてえり)
- 比翼衿(ひよくえり)
の3つです。半衿は中でも重要度の高い小物なので、着物の着こなしを考える時に欠かせません。
半衿、伊達衿、比翼衿は小物ですが、それぞれを変えるだけで着物全体の雰囲気は驚くほど変わります。そのため、衿もとを作る時はこれらの小物と広衿、撥衿、棒衿の種類をセットで考えるといいでしょう。
「半衿」とはどんな小物?
半衿は、普通の衿の半分ほどの長さの衿であることからそう呼ばれています。顔に近いところで身につけるため、今ではおしゃれ用というイメージが強いですが、襦袢を保護するという実用的な役割もあります。
半衿の素材は基本的に絹です。絹は上質で高級な素材ですが、長く使っていると黄ばむこともあります。
そのため、最近は手入れが簡単にできるように化繊や洗える絹の半衿も出回るようになりました。また麻や複数の素材を利用した半衿もあります。
無地や刺繍、刺繍だけでなくビーズなどで装飾を施したものなど、様々なデザインの半衿があります。色も無数といっていいほどの種類が使われています。
季節やシーンで違う半衿の選び方
半衿は自分の好みやおしゃれを意識して選ぶことも大切ですが、季節やシーンに合わせることも考える必要があります。実は半衿にも衣替えがあるのです。
時期は着物と大体一緒ですが、着物よりも早く衣替えし、季節を先取りします。
6月の衣替えでは絽という夏用の素材の半衿を選びます。絽は糸と糸の間に隙間があり、爽やかな涼感を得られる素材です。
6月~9月と暑い時期を長くつけることができます。また盛夏には麻絽、夏以外では塩瀬、縮緬といった素材が合います。
儀式に礼装としてつけていく場合は白地の半衿がいいでしょう。色や模様がついていると周囲から浮いてしまいます。
振袖におすすめの半衿は?
振袖は若い女性が着る格式の高い礼装です。現在は成人式や結婚式で着られることが多いでしょう。
格式が高いだけあって華やかなものが多いため、半衿も豪華なものを選ぶのがおすすめです。振袖の豪華さに比べて半衿が貧相だと、ちくはぐな感じになってしまいます。
豪華な半衿で真っ先に考えられるのは刺繍の入ったものです。刺繍の模様がつけられていると、振袖と半衿の2種類の模様をアクセントにすることができます。
それからレースの半衿もおすすめです。レースの半衿は大人らしさと可愛らしさの両方を兼ねるので、若い女性に映えるコーディネートになります。
七五三におすすめの半衿は?
女の子の七五三は三歳と七歳に行うので、それぞれで半衿を考える必要があります。
三歳の七五三は、刺繍が入っている半衿を選ぶと華やかな可愛らしさが出ておすすめです。ただし、三歳の女の子はまだ首が短いですし、着付けの時に衿をつめるので、半衿の柄が外から見えなくなることもあります。
そのため、こだわりたければ七歳用の半衿を使うのではなく、しっかりと三歳用に売られている半衿を選ぶのがいいでしょう。
七歳の七五三も、刺繍が入っている華やかな半衿がおすすめです。ただし、必ず刺繍が入っていなければならないわけではなく、無地のものでも問題ありません。
半衿の正しい洗濯方法
半衿はもともと襦袢の汚れを保護する目的のものなので、何度も使ううちに汗や皮脂、整髪料などで汚れていきます。そうなったら一度襦袢から半衿を取り外し、洗濯しなければいけません。
洗濯方法は半衿の素材で異なります。ポリエステル、木綿の半衿であれば洗濯機の弱水流でOKです。洗い終わったら軽く絞り、陰干ししてからアイロンをかけて完了です。
正絹の半衿はクリーニング屋に任せるのが間違いない方法です。自分で洗う場合はまずおしゃれ着洗いに使える洗剤を溶かしたものに長時間浸けておきます。
それから石鹸をつけた歯ブラシでやさしくこすり、汚れが落ちたら流水で流し、軽く手で絞った後、日陰干しにします。
伊達衿
伊達衿は重ね衿ともいう衿の小物です。着物に最初からついている衿の下に重ねて付けるもので、衿を二重に見せる効果があります。そのため、他人の目にはまるで複数枚の着物を重ねて着ているように見えます。
伊達衿を利用すると胸元がふっくらとし、華やかさが増します。そのため、振袖など華やかな着物で使われることが多いです。
広衿の伊達衿、撥衿の伊達衿がありますが、どちらの種類でも好みの方を選べばOKです。
伊達衿をつける時は基本的に1~3枚を重ねます。重ねる時は着崩れを防ぐために縫いつけるか、あるいはピンで留めるかします。あまり1枚1枚を強調せず、さりげなく露出させるのがポイントです。
比翼衿
比翼衿は比翼仕立ての衿のことで、既婚女性が着る格式高い着物である留袖に用いられます。伊達衿と同様、衿を重ねるのが特徴ですが、比翼仕立ては衿に加え、裾、振り、袖口のところにも白い生地が重ねられています。
着物全体で重ね着を表現している分、伊達衿以上にボリューム感が出ます。
従来は留袖を着る時は実際に留袖の下に白羽二重と長襦袢を着ていましたが、近年は比翼仕立てで実際に重ね着しなくても済むようにしているスタイルが主流になっています。
着物が完成した後に好みでつける伊達衿と違い、比翼衿は着物の製造過程で縫い付けられます。そのため、留袖を扱う時は比翼仕立てかどうかをしっかり確認しておく必要があります。
衿の見せ方はシーンに合わせて演出
たとえばカジュアルなシーンの場合、行く場所や会う相手に合わせて衿の見せ方を選べる分、コーディネートに幅があります。そのため、フォーマルなシーンよりも着付けをする人のセンスが問われます。
気軽な外出であれば白の半衿に限らず、色のついた半衿や刺繍で模様を表した半衿なども積極的につけて、見せ方を演出するといいでしょう。
刺繍が入った半衿の場合、ある程度半衿を出さないとどのような柄なのかが分からないので、通常よりも多めに露出させるといった工夫も考えられます。
ただし、半衿を出しすぎると逆に可愛らしさが損なわれるので、あくまでも自然な範囲でするのがコツです。
まとめ
着物の着こなし術についてですが、衿の役割は重要です。衿は一見目立たなそうでいて、実は着物姿を見た時に一番目を引くポイントです。衿の抜き加減、半衿の見せ方によって雰囲気はガラリと変わります。
ちなみに着物の衿合わせは男女とも右前です。左前は死に装束なので、縁起が悪くなってしまいます。
衿は衿幅が普通の2倍ほどある「広衿」、衿幅が衿先にいくほど広がっていく「撥衿(ばちえり)」、衿幅が一定の「棒衿」というように形で種類が分かれます。
また衿まわりの小物として襦袢に縫い付ける「半衿」、衿を重ねる「伊達衿」、着物全体で生地を重ねる「比翼衿」があります。
衿もとの作り方のコツですが、衿が浮く時は衿芯をやわらかいものに変えること、胸元がパッカリ開く時は胸の補正をすること、衣紋が詰まる時はコーリンベルトを緩めることを意識しましょう。
衿の選択や見せ方は季節・シーンに応じて考えるべきです。たとえば暑い季節なら涼感のある素材を選ぶべきですし、華やかさを出したければ模様のある衿を選んでおしゃれにコーディネートするのもいいでしょう。
模様のある半衿を選んだ場合は、気持ち半衿を多く見せて、せっかくの模様が隠れすぎないようにするといった工夫も考えられます。